私たちの勝利は近い、勝利の後の衝撃に備えよ。トランプとEBS、台湾と中国について:リカルド・ボジ

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私たちの勝利は近い、勝利の後の衝撃に備えよ。トランプとEBS、台湾と中国について:リカルド・ボジ

対ニューワールドオーダー最前線のオーストラリアで闘う元特殊部隊出身の政治家、リカルド・ボジ隊長のスピーチです。

ホワイトハットと間違いなく通じている人が、これから何が起こるのか具体的に語っています。
現場に立って直接活動している人でこれほどはっきりとものを言ってくれる人は他にいないでしょう。
それだけ目覚めが進んでいるため、分断を恐れず本当のことをそのまま言えるのだと思います。
日本でもこれから起こってくる話ですから参考にしてください。

ラグビーのスクラムのように勝つまで押し続けろ

1:00~

これを理解してくれ。

何度も言うが、私たちは(勝利に)近づいている。

毎日、私たちは(勝利に)近づいているのか、前進しているのか、という質問を受け続けている。

そして、その答えは「イエス」だ。

ラグビーやコンタクトスポーツをやっていた人は、スクラムやラックの中に入っていると思ってくれ。

あなたは相手を押しているのだから、自分の位置をキープするだけでも痛い。

このスポーツをやったことのある人ならわかると思う。

しかし、深く掘り、もう少し強く押す、もう少し強く押すと、文字通り数インチずつ前進し、相手が折れ始めるのを感じるだろう。

そして、それが励みになって、あなたは進み続けることができる

トライラインがだんだん近づいてくるのがわかる。

しかし、あなたは参加し続けなければならない。

だから、今ここでやっていることは、このムーブメントを成功させるために根本的な重要事項なんだ。

あなたが参加し続ければ、私たちは勝てる。

あなたが参加するのを止めれば、私たちは負ける。

簡単なことだ。だからただ参加しなさい。

もし、誰かが、「参加しても何もならない」と言ったとしてもだ。参加することがすべてなのだ。

すべてだ。

あなたがここにいるという事実で、あなたはこの戦争に勝っている、あなたはそのラックの中にいる。

あなたの体重が相手を押し付け、相手は負けているのだ。

トライラインがだんだん近づいてくる。

そしてそれは、あなたが思うよりずっと近くにあるのだ。

なぜなら、もう一度この例えを続けるなら、

相手が力負けしたとき、

あなたは正しいことの全体を見ることになる。

犯罪がただ前に倒れて明らかになる。

そして、誰かがタッチダウンをしたかどうかを確認するために、体がラインを超えてボールから離れた。

彼らはもうそうなった。

ボールの上にこの片手がある。

そして、あなたは得点し、あなたが勝つ。

それが、私たちに起こることなのだ。

このようなことが起こるのは、あっという間だ。

次の土曜には、あなたは家で準備をしていることだろう。

そして、州知事が議会を解散したという声明を聞くことになるだろう。

[拍手]

しかし、あなたは押し続けなければならない。

押し続けなければならない。

あなたは参加し続けなければならない。

他所へ行けと言う奴は無視しろ。

キャンベラに行けなくても、大丈夫。

地域の議会で、州議会で、何かをするんだ。

でも、ここに来れるなら、そうしてくれ。

来週の土曜日は大イベントになりそうだ。

拡散してくれ。

私たちは勝てる!

次の土曜に勝てる!

来週の土曜日、我々は充分な人数を揃えれば、それは終わった、我々は勝った。

皆の手にかかっている。

そして、あなたの知っている人たちも、相手の奴らもわかっている。

私たちは勝てる。

次の土曜日に勝てなければ、勝つまで何度でも戻ってくる。

私たちは勝つまで続ける。

続けなければならない。

私たちは衝撃に備えなければならない

これから崩壊が起こったら、

国中が今まで見たこともないような歓喜に包まれることだろう。

第二次世界大戦の翌日の写真を見たことがあるだろうか。

安堵の高揚は計り知れない。

しかし、その直後にはドラマが待っている。

そして、私たちはそれに備えなければならない。

なぜなら、多くの人々が真実を受け入れることができないからだ。

多くの人が受け入れることができないだろう。

嘘をつかれ、子供を殺されたと気づいた人たちによる暴力、散発的で集中的な暴動が起こるだろう。

それはどうしようもない。

私たちはそれを奨励しないが、それは起こることだ。

覚悟しなさい。

この話をするのは、ニュースの衝撃が伝わらないようにするためだ。

「ああ、こうなることは分かっていた」と思ってもらうためだ。

醜くくて散らかったこと、それが起こる。

暴動が広がらないよう、私たちはできる限り最小限に抑える必要がある。

さて、ここで問題なのは、

もし暴動がエスカレートするなら、充分に広がることになるだろう。

そして、暴徒はおそらく何らかの手段でそれに値する悪い奴らを狙うだろう。

そして何が起こるかというと、悪い奴らは、

この国には戒厳令はないので、戒厳令が可決されるだろう。

しかし、彼らは法案を通過させ、それが法律だと言って、私たちをさらに厳しく締め付けるだろう。

これが暴力的になったら起こることだ。

しかし、次のことを理解しなさい。

暴動は極右と言われる組織がやることではない。

自分の子供を殺してしまったと知ったパパやママたちによってだろう。

また、その報いを受けたくないがために集団自殺をする者もいる。

証拠は、1945年のドイツだ。

帝国が崩壊すると、すぐに集団自殺が起こった。

そして、ある夫婦の有名なセリフがある。

「私たち全員を殺した後、自殺すると約束してください」。

そうなってしまうのだ。

だから、みんな理解してくれ、我々は勝つんだ。

オーストラリアの歴史上最もエキサイティングな時間になることだろう。

しかしその後、私たちはこの国を助け、癒し、導くことが求められている。

私たちが今いる場所から、あるべき場所へと。

わかるだろうか。

そしてそれは、あなた方ひとりひとりの力を必要とする。

なぜなら、あなたはここにいて、目覚めていて、 何が起きているのかを知っている。

あなたは、奴らが私たちに与えたこの堕落のすべてを自分で処理してきた。

だが他の者は……どうなのかわかるだろう。

初めてウサギの穴に入って、そしてまた戻って来て次のウサギの穴に入って、

あなたはただただ疲れて、嫌になった。

あなたはもうあきらめたくても、あきらめることはできないと知っていた。

だから今日ここにいるあなたたちはオーストラリアを背中に背負っているのだ。

そして、それは隣の家の人であり、仕事仲間のことだ。

しかし、あなたはそれをしなければならない。

私たちがやらなければならないのは、

オーストラリアを今ある姿からあるべき姿にするために互いに協力しなければならない。

戦争に勝つことは一つに過ぎない。

平和へと導くことは全く別のものだ。

歴史上初めて、このグループは戦争に勝ち、平和を勝ち取ることになるだろう。

それが私たちの仕事なのだ。

[拍手]

*みずさわかいれんさんもずっとブログでショックを受ける人が続出するので皆で支えましょうと言っています。

EBS(緊急放送システム)について

7:30~

さて、EBS、緊急放送システムとは、アメリカのシステムだ。

大統領は緊急時に様々な手段で全国民と即座に通信できる権限を持っている。

明らかにここでも適用されるのかと言えば、直接には適用されない。

私たちに影響を与えるか?

もしそれがアメリカで起こるなら、もちろん、それは間違いない。

なぜなら、もしアメリカでそれが起こるなら、それは良いことがここで起ころうとしていることを意味するからだ。

わかりますか。

それが起こることを私が確信しているか?

ノー。

しかし、論理的に考えなさい。

もしアメリカでEBSが実行されたら、それはもう一人の男ではなく、トランプから来る。

トランプから来ることは良いことだ。

今、地球を考えてみると、いくつかの国がそれぞれ独立している。

この混乱を解決しようとすると、大規模な物流の悪夢になる。

だから時間がかかるのだ。

私が皆さんにお願いしたいのは、もう何ヶ月も前から言っていることだが、食料と水を備蓄しておくことだ。

また、燃料も十分に用意しなさい。

缶詰とバーベキューのガス。

そして、ウサギの穴に入りきっていない隣人のために十分な量を用意する。

「子供がお腹を空かせています。ベークドビーンズの缶を下さい」と言ってドアをノックしてくるからだ。

というわけで、「10日間の暗闇」と言われる日がやってくるかもしれない。

それはわからない。

保険と同じで、必要な時まで必要でなかったということだ。

わかりますか。

だからそれはアメリカで起こり得る。

ここオーストラリアでは、その影響があるだろう。

それは良いことだが、醜いこともあるかもしれない。

わかるだろうか。

よし。

自分の面倒は自分で見られるように、しっかり蓄えておくように。

できる限り自活する。

台湾と中国について

13:20~

よし、まず台湾から言おう。

ロシアがウクライナに進出したように、中国が台湾に進出するのではと怯えさせるつもりだろう。

それは間違った例えで、そんなことは起こらない。

ただあなたを怖がらせるためだ。

それが第一のポイントだ。

第二のポイントは、一部は私の意見であり、一部は情報だ。

習近平は少し前に転向した。オーケー。

彼はしばらく前からホワイトハットと仕事をしている。

しかし、他の複雑な大組織と同じように、このことを理解しなさい。

その組織には他のプレイヤーもいるので、非常にデリケートなゲームにならざるを得なかった。

中国にいるナンバー2の男、、、名前は忘れたが。

それは問題ない。

彼は、人身売買を導入する世界的な流通で大きな役割を果たした。

もう一度言うが、(中国という)主権国家の政府について話しているのではない。

犯罪カルテルのことだ。堕落した犯罪カルテル、それが奴らだ。

それが奴らの関心事だ。

お金、キャッシュフローを追え。

現金と子供たちさえいれば、奴らは幸せなんだ。

だから、中国、

私の意見では、病気は転向して

彼らは今、ホワイトハットと実際に働いている。

彼らは働いているんだ、彼らは善のための力なんだ。

しかし、これだけ大きな組織なので、同調していない人がいることも理解しなさい。

ところで、オーストラリアも同じようなことがあった。

タマラが言ったように、奴らは負けている、負けているのだ。

しかし、彼らの多くはまだ降伏していないが、そのうち降伏するだろう。

だから、中国は現段階では問題ない。

何を言っているのか、何をやっているのかという意味で。

その通り、彼らは何の問題もなくいつも通りであるかのように報道している。

実際のところ、ノー、そんなことはない。

中国は、ディープステートにより開発され、テストされた後、地球上の他の地域に展開されるシステムだったのだ。

それが中国なんだ。

” 技術と国際開発の未来のシナリオ ”  ロックフェラー財団 2010年 の、解説動画(日本語字幕)

中国は1945年当時、ディープステートが作った国家だった。

これを聞いたことがない人がいるかもしれないが、

第二次世界大戦中、日本軍と戦っていた蒋介石の民主党と毛沢東の共産党の2大グループがあった。

ウェデマイヤー将軍は、その作戦地域を監督するアメリカ人将軍だった。

彼は統合参謀本部のジョージ・C・マーシャル将軍から、戦後は毛沢東の共産主義者が政府の半分を占めるようにするように指示された。

ウェデマイヤーは「冗談じゃない、この男は犯罪者だ」と言った。

「彼は政治的指導者ですらない、ただの犯罪者だ」。

「我々は蒋介石を支持すべきだ」。

「彼はいわば民主主義の候補者だ」。

マーシャルはウェデマイヤーに「だめだ」と言った。

「毛沢東が我々の男だ」。

そしてマーシャルは蒋介石を武装解除し、民主党は台湾に撤退した。

中国が実はディープステートが作ったものであることがわかると思う。

そしてその瞬間、ディープステートは6億人の中国人を共産党に引き渡し、こうして彼らは立ち上がった。

世界の共産主義革命は、世界人口の20%以上で成功したことは一度もない。

だから彼らは、これは民衆のために最善を尽くそうとする善良な共産主義者による、貧しい虐げられた農民の大衆運動だと考えている。

まったくそうではない。

その後40~50年かけて、全世界を支配するシステムを開発した。

後期には追跡システム、顔認識システム、社会的信用システムも含まれ、奴らは我々をコントロールするためにここオーストラリアにそれを展開しようとした。

同じものだ。

中国は巨大で複雑な獣だ。

しかし、指導層に(善側の)浸透が起こっていて、

ブラックハットがホワイトハットの指示を仰いでいる。

わかりますか。

ナチス時代まん延した集団自殺、ドイツの知られざる物語

ドイツで何が起こったか調べたら出てきた記事です。
恐ろしい話ですが、現実を直視して知っておいたほうが何かがあったときの助けになると思います。

以下引用です↓

ナチス時代まん延した集団自殺、ドイツの知られざる物語
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190810-00010000-clc_teleg-int

暖かい日差しが感じられる午後、ドイツ北東部デミンの住民たちは、町を流れる3本の川へ向かう。
ペーネ川のほとりでは、釣り人がきらめく川面に釣り糸を垂れている。

これといった特徴のないのどかな風景だが、ここはドイツ史上最多となる集団自殺が行われた場所だ。
1945年4月30日~5月3日、若者も年配者も、金持ちも貧乏人も関係なく数百の家族がこの川に入水したのだった。

この町は、疫病のようにドイツ全土にまん延した集団自殺の中心地だ。
ナチス・ドイツの弱体化に伴い、全国で数万人が自殺を選んだ。
デミンには当時、数千人の避難者を含め1万5000人ほどが住んでいたが、このうち推定1000人が自殺したとされている。

ナチス高官らの自殺については記録が残っている。アドルフ・ヒトラーはソ連軍がデミンに侵攻した4月30日、
総統地下壕でシアン化合物のカプセルを飲んだ後、新妻エバ・ブラウンとともに拳銃自殺した。
また、ドイツ軍の将校554人のうち53人は、法の裁きを受けるよりも自ら命を断つ方を選んだ。

あれほど多くのごく普通の男女が、ナチス高官の後を追ったのはなぜなのか。
これがドイツの歴史家でドキュメンタリー制作者でもあるフロリアン・フーバー氏(51)の著書のテーマだ。

フーバー氏が特に注目しているのが、自殺者数が圧倒的に多いことが調査によって判明したデミンだ。
「英雄でも悪者でもない普通の人々だ」とフーバー氏は話す。「理由が分からないまま、彼らを忘却の彼方に追いやりたくはない」

私たちは今、デミンの町営墓地に立っている。1945年5月、
ここでマルガ・ベーンケという名の10代の少女とその母親が、死者の集計をするというおぞましい任務を命じられた。
普段は花の注文用紙として使われていた紙に少女が書き残したその古い記録を、フーバー氏は手に入れた。
それによると、集団墓地に埋葬された自殺者は計612人に上った。だが、民営墓地にはこれよりも多くの人が埋葬されている。

自殺者のうち身元が判明しない人は数百人に上った。
これらの人々は単に身元不明と記載されたが、うち約3分の1は子どもと乳児だった。
ベーンケさんは、こうした人々の記憶をとどめておくために、ハンカチに刺しゅうされたイニシャルや衣服の特徴など、
身元特定につながりそうな情報を書き残していた。

共犯意識と罪悪感

戦後の東ドイツ再建では実用的な建物が建てられたが、デミンもその一つだった。
このため町全体が、つらい記憶を思い起こすことを拒んでいるようにも見える。
当時6歳だったバーベル・シュレイナーさんは1945年、現在のポーランドに位置するシュチェチンから逃れた後、
母親や兄とともにデミンにたどり着いた。
「多くの人々はただすべてを忘れたいと思っている」とシュレイナーさんは話す。

ソ連軍がデミンに侵攻した日、シュレイナーさんは家族と地下室に身を隠し、翌朝にそこから脱出した。
「通りは言語に絶するほどの火の海となっていた」
「あちこちに遺体があり、川は血で赤く染まっていた。木の枝にひもをかけて首をつっている人もいた」

皮肉なことに、デミンが戦火に見舞われたのは1945年4月30日以後のことだった。
それまでは、戦略的に重要な場所ではなかったため爆撃すら受けたことがなかった。

デミンでは、たいまつを掲げるトーチパレードや集会、ユダヤ住民や共産主義者の追放といった
全国的な行事も実施されてはいたが小規模だった。ヒトラーが1933年に首相になると、
党員らは町役場の前でかぎ十字の人文字を作り、メインストリートはアドルフ・ヒトラー通りと改名された。

ドイツ東部を嵐のように進んでいたソ連軍は4月30日、そのアドルフ・ヒトラー通りからデミンに入った。
ソ連軍が通った場所にはすさまじい破壊の跡だけが残された。ソ連は東部戦線での激しい戦闘の報復として、
一般女性を集団レイプし、無差別殺人や略奪などを行った。レイプの被害者は200万人と推定されている。

ナチス・ドイツは12年間にわたり国民に対し、ソ連軍の手に落ちた時の恐怖をあおるプロパガンダを展開していたが、
ソ連軍の残虐行為はプロパガンダが現実のものだったということを証明したとフーバー氏は指摘する。
「ソ連軍は怪物だと住民らはその目で見て知った」

デミンに侵攻したソ連軍は、撤退したドイツ軍が町の外へつながる橋を爆破したことを知り、
足止めされたことに気付いた。地元のヒトラー・ユーゲント(ナチス青少年組織)に数発発砲されると、
ソ連軍は集団レイプと殺りくという形で報復した。

だが、ソ連軍に一時的に町を占領された恐怖だけが自殺の原因であると考えることは、
ナチス政権下の多くの人々の心をむしばみ始めていた共犯意識や罪悪感を無視することになるとフーバー氏は指摘する。
ソ連軍侵攻の数日前でさえ、デミンで21人自殺者がいたとの記録がある。

ドイツの一般市民は、祖国の本当の恐怖をどれだけ知っていたのだろうか?
フーバー氏によると、デミンで毛皮や記章を売る店を営んでいた女性の日記に基づくと、
この女性の店で働いていたユダヤ人の見習いはある日、町の外へ移送されたという。

「彼女は知っていた」とフーバー氏は話す。
「誰もが知っていた。強制収容所の存在やそこで正確に何が行われているのかを知っていた人はほとんどいなかったが、
そのようなことが進行中だということは誰もがうすうす感じていた。目を閉じることはできない。
わずか数年のうちにこれほどの人が姿を消せば、誰だって疑問に思うはずだ。自分もそうなるのかもしれないのだから」

それこそが罪悪感だとフーバー氏は言う。
当時、米軍の占領下にあったフーバー氏の故郷バイエルンの村でさえ、多くの自殺者がいたという。
ベルリンの1945年4月の自殺者数は3881人だったと記録されている。

フーバー氏はまた、地域社会で自殺が疫病のようにまん延していたとも考えている。

本を出版して以来、フーバー氏の元には、終戦時に親族が自殺したという人の声が全国から寄せられている。
その多くが、これまで誰にも話したことがなかったという。

ある時、フーバー氏がデミンを訪れると、高齢の女性が近づいてきて両手首の傷を見せた。
1945年に母親がかみそりの刃でかき切ろうとした時にできた傷だという。
「女性は何が起きたかを話してくれた」「何の感情も何の脈絡もなく、ようやく吐き出せたかのようだった」とフーバー氏は振り返った。

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